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Date: 2007-05-11 01:08人間誰もが知っていることより知らないことのが多いものだ,ということに対しては,「いやオレは違うよ」って人はなかなかいないものかと思います.ただ,知っていると思ったことが実は知らなかったということもまた多くあるはずなのですが,どれくらい多くあるのかとなるとちょっと分かりません.なにしろ知っていると自分が思っているものなんですから.
私にとってのその一つだったのがタイトルの2つの政治体制,「独裁政治」と「民主政治」.私は学生時代は — やや古くなりつつある分け方でいう — 理系の人間だったので,この辺,政治のことなどは知識も関心もなかったわけです.そのため政治体制について完璧に知っているなどとは思ってはいませんでしたが,なんとなく,しかも何の根拠もなく知ったつもりになっているというレベルで完結してしまっていました.
すなわち私の勝手に妄想した独裁政治と民主政治とは「独裁が悪者で民主が正義で対決する関係だろ?独裁政治は一人が好き勝手やって,民主政治は多数決で決めるんだろ?」とか極めて小学生レベルの認識を持ってそれらについての理解としていたわけです.
(※小学生レベルとは極めて思考が稚拙であることの暗喩であり,小学生の方が須らくそうであるという意味ではありません.)
ところが見方によってはこの両者は紙一重のものなんですね.「独裁政治は一人が好き勝手やる」というのは当たらずとも遠からずですが,この好き勝手やる独裁者になるためには民衆の圧倒的支持を受けなければならないからです.また,独裁者になったからといって無計画に好き勝手をやれば直ちに大衆の指示を失ってしまうでしょう.大衆の支持を得ることが重要だという点で両者は共通し,国の混乱に乗じて,または政治システムの穴をつかれ,民主政治が独裁者・独裁政治を生んでしまうことが起こりうるのです.
では逆に両者の違いはどこにあるかというと「少数意見,または対立する意見を無視・払拭するかどうか」というところにあります,と言い切りたいところだけどこれもまた完全正解ではなく,独裁政治であっても独裁者が少数意見,対立意見を汲み上げてやっても別によいわけです.ところが実情の多くの独裁政治の下では独裁者の批判は許されず,反対派は排除され,そして大衆の意見からもしだいに離れていってしまうことが多いわけです.逆に民主政治においては多数派の選択が最終的に選ばれようともその過程で少数意見が無視されることはあってはなりません.
ジグハルトサーバ以外の方,またはジグサバでも私がプレイしていた期間にいなかった方のための補足ですが,以前私はフリンテッサの討伐主催の中心的な位置にいたことがあり,以下,このエントリーはそのときにボス討伐に関するあれこれのお話です.
ボスレイドの体制
例えば大型ボスレイドの募集において,初回の討伐を成功させることができた経験を生かし,募集の母体を可能な限り広げ,参加者全てをコントロールし,完全に平等な討伐体制を敷くことは大部分の賛同を得ることができるかもしれませんが,まさにこの独裁政治的であると思います.先の前置きのとおり,「独裁政治=悪」ではありません.為政者が神のごとく正しい者であるかぎり,独裁政治は極めて効率のよい善政となるでしょう.
しかし,ここには落とし穴もあり,1点は神のごとく正しくありつづけるのは困難であるか,不可能であること,2点目はあらゆる人にとっての平等というものが存在しうるのかということ.
1点目はあえて完全な不可能とはしなかったものの,少なくとも自分には不可能であり,またそのようになる為の努力を払う義務もないと思います.
2点目についてはこれは完全に不可能であると思います.欠点だらけながら現在もっともましな政治体制である民主政治の下でも,様々な平等についての問題がありますよね.
「A さんBさん二人とも100円の収入がある」これは他の何の条件もなければ平等ですが,平等が叫ばれる場面は多いものの,このような単純な平等を目指せば解決というわけにはいかないものです.AさんはBさんの2倍働いているとしたらどうか?働いている時間は同じだがAさんのほうが2倍成果を上げていたらどうか?あるいは成果は同じだがAさんは半分の時間しか働いていなかったらどうか?さらに半分しか働いていない上にもう半分の時間も真剣に働かなくてもBさんと同じ成果を上げたらどうなのか?人間が工業製品のように均一ではなく,さらに現実は単なる100円の収入をめぐる平等に帰結もできず,何にどれだけ価値を感じるかさえも千差万別です.
他のエントリー「対戦ゲーム」でも一部触れましたが,ゲームにおける平等をアデナやアイテムなどの資産でなく「ゲームをどれだけ楽しむか」としたら,そもそも順序よく並んで討伐すること自体が楽しいと思わない人もいるでしょう.私は完全な平等がない以上,自分は自分のやり方でやり,他の考え方があるならばその人はその人のやり方で別にやってもらう,という方法がよいと思ったわけです.
さらに自分が募集する内部自体も1PTごと1人の募集担当を委任した後は,その先でどのような形で募集するかまではコントロールしない方針にし,これまでの政治体制的なものに当てはめれば緩やかな連邦制といった感じを選びました.つまり,私は自分の直轄PTのメンバーと各PTのPTLの委任にのみ関与し,人数的に大部分は各PTの募集担当者によるものです.PT編成をする連合ごとの考え方があってよく,そしてもしその連合内で問題があるならば連合内で話し合って解決してもらい,そこに自分が口をだす必要もないという考えがあったからです.仮に連合内での募集に不満を感じているのにそれを話し合えない関係があったとして,それはボスレイド以前の問題であり,なおさら自分が口を出す範疇ではありません.私はその人の担任の先生でも保護者でもありませんので.
他の主催による討伐
結論が後になってしまうのは日本人的なものでしょうか.ただ,冒頭のとおり,もしある事柄の理解に先入観があり,その人がそれに気づいていない場合,少し順を追っての説明をする必要があると感じたのでこのような流れになってしまいました.
もし,これまでの内容にお付き合い頂いた方ならお分かりいただけると思いますが,「別の方が別の枠組みで主催を計画をする」という状態になってくるのが — 完全ではなくても最もましな — 平等に繋がるものだと私が考えていることを理解いただけると思います.そこでは特定の方法が良いと悪いとかというのは重要ではありません.もちろん理解を求めているのは「そういう考え方もある」という部分においてで,それをどう思うかはまた別の話です.
ローザさんから相談を受けた折もその意味で別で主催お願いしますとお答えしましたが,それが私なりの平等のためが故の別主催であるという所の理解が得られたかどうかは,ローザさんの募集に関する所信を読みんだところでは不安な部分もありますが.
また,募集法を変えないと答えるその前に,今現在はリネ2のIN時間が多く取れず,以前募集していた自分のPTの募集自体もやっていないため,このような中途半端な参加状態で現在のやり方に口だけ出すような立場ではないとも前置きはいたしました.
みんなの希望する体制
C5のことですが,一人の弓職の方から討伐に参加したいとのメールを直接もらったことがあります.狩場で見かけたことはありますが,特に面識はない方ですので,突然のメールと形容してもよいものです.私がPT募集をお願いした連合のいずれにも属していなかった方でした.
その方自身の予定と自分のPT募集の予定がかみ合わなかったこともあり,メールを受け取ってからかなり後になったものの,一度参加して頂くことになりました.別に免罪符を買ったつもりで参加してもらったわけでもなく,単に「参加したい」といわれたので弓職ならば参加者は少ない部類だし,そのとき自分が募集を受け持った1PT分の中に入ってもらえるなと判断したからです.
逆に参加したいとお願いされたにもかかわらずお断りしたケースもあります.それは別の主催でお願いしますという形で返答し,それがFH同盟の討伐につながっていったものだと思います.そして最近のローザさんから募集法をこうした方がいいのではないか?と相談を受けた時のことは前述のとおりです.
結局その3件だけなんですよね,直接相談を頂いたのは.
サーバ全体の中には公募がないため参加できなくて,しかも参加可能な条件を十分みたした討伐希望者が他にもいるであろうことくらいは想像はできますが,かといって「あなたひょっとして参加したいんじゃないですか?」と門戸を叩いて回ることはしませんでした.参加したいなら「参加したい」,主催したいなら「主催したい」と言うことがそれほど難しいことには思えませんでしたし,前述の独裁者の件のとおり私が管理する立場になるつもりがありませんでしたので.
しかし,この3件しかなかったことを鑑みると,独裁政治でしかも為政者が完璧な人間であることを望み,自身での行動を起こしたくはないという方はやはりいるのでしょうか?その精神がドイツ第三帝国を生んだのだ!とまではいいませんが,かなり甘く危険な考えだと私は思ってしまいます.
そういえば
3件とはいったものの,極例外的には当ブログに1人コメントを残された方はいました.流石にこの方のご希望に添えるような行動はとりませんでしたが.このような珍妙な行動をとる行動力はあったならば,何故その前に私に直接相談することができなかったのでしょうか?
コメント (1)
>匿名ではないけれど秘密のコメントをされた方へ
(うちのブログでは秘密のコメントの足跡が残らないためなんか独り言っぽいですが・・・)
このエントリーを書いた前後のフリンテッサ討伐の状況が変わった頃を今から思い返すと,それまでの土日の討伐に参加していた,あるいはこれから参加する予定だった人たちと私との間には討伐状況の変化に対する捕らえ方の違いが結構大きかったのだろうと感じます.
主催側の一人として多くの討伐に参加してきた自分と,参加が少ないor未経験の人が多い参加者側での意識の違いがあるのは当然の事ですが,参加者側がどちらかというと現行の維持を望む方が多いのに対し,私はそこまで維持に関心がなかったので.そのため他の主催が出てきたことに対する反応も異なってきたのだと思います.コメントいただいた件もそんな影響もあるんじゃないでしょうか.
今まで討伐に協力して頂いた恩恵を返す意味でいうと,現行の維持に少しは努力するべきだったかもしれませんが,テキトーな人間なので・・・
独占・他の妨害といった行為は別に悪いと思っているからやらないのではなく,これもまた単に「おもしろくなさそ~」だからやらないだけですね.結局「ゲーム」としてしか捕らえてない自分にはゲームでハイスコアを稼ぐのの何が悪いの?というスタンスなので,たとえそこに泥臭い陰謀があってもそれはそれで面白いんじゃないかと思ってしまいますが(笑).
これについては「みんながあなたのようなゲーマー思考じゃないんだから,あなたと違う考えの人のことも考えたら?」というようなご忠告を頂いたことも過去にあったけれど,自分の身近はともかくあらゆる人のケアをすることはやはり自分にはちょっと・・・という感じで・・・
ともかく,がんばってください.
匿名であれこれ言う人はなんでしょうかねぇ,自分の正しいと信ずることであれば自分の名前で語らなければ意味がないし,正しいと思っていないのに言っているならばなおさら意味不明・・・もとより自分はそういうを気にしたこともありませんが,たとえ自分でそういう行為をしなくても影響されてしまう人は多いでしょうね.
投稿者: わか [2007年5月24日 23:11]